【高齢者住宅】死とは何か…(?)

 私は16歳の高校1年生の頃から生きていることが不思議で、時々死にたいと思ったり…人は何処から来て何処へ行くのか…、と悩んだり考えたりばかりしていました。

 ですから登校拒否したり、ウツっぽくなったり…。私は幼い頃からおとなしくて、可愛くて、賢い子供だったのですが、まあ学生時代は良く言えば哲学青年、悪く言えば陰気で消極的で何を考えているのか分からない変な学生だったのです。

 そうなった原因は親と学校でした。父親は(財)モラロジー研究所の教えを勉強して、一生懸命にモラロジーの普及活動をしていました。宗教の普及ではないのですが、まあ似たような活動ですね。父は世のため人のため、そして自分のために頑張って活動していました。

 それが私に少し乗り移って、私もモラロジーに興味が出て勉強し始めました。そして高校・大学はモラロジーを学べる(学)廣池学園(麗澤瑞浪高校・麗澤大学独語科)に入学したのです。モラロジーとは簡単に言うと、今の自分の運命は、生まれてから今日までの自分の精神作用と行為の結果である。だから幸せになりたければ精神と行為を良くしましょうね、という教えでした。『慈悲寛大自己反省』『順応同化絶対服従』『天爵修めて人爵此に従う』など難しい格言もたくさんありましたね。

 しかし私にはどうしても理解できない疑問が生まれてきました。では生まれたばかりの赤ちゃんの運命はどうして決まったんですかということ…。はいそれを知るためにはこの赤ちゃんの生まれる前を知らないと分からないんですよね。ということで私は大学生のころ『前生』の研究を始めました。しかしこれはもう哲学ではなく宗教の世界ですから、いくつもの宗教団体や当時流行っていた新興宗教を数多く回って教祖様のお話を聞いたものです。私は大学でも宗教活動をしてしまって危うく退学処分になるところでしたね。しかし誰に質問しても『前生』のことについて明確に教えてくれる人はいませんでした。

 そしてモヤモヤとした時が経過して私が26歳の時『本山博先生』と出逢いました。それから3年間必死に勉強して、ヨガ行をして先生に従って修業して、28歳の頃に全ての疑問が解けてしまったんですね。やはり頭ではなく体験や経験をしないと『死後の世界』は分かりませんね。はいこれで『前生』『過去生』『死後の世界』『輪廻転生』『不思議な世界』『超常現象』『地球外生命体(UFO)』『宇宙のビックバン』『キリストの奇跡』『仏陀の奇跡』『イスラムの奇跡』『心霊手術』…その他色々。もう何の疑問もなく理解することができました。16歳からのモヤモヤは全て消え去って、私は凄く『幸せ』だったんですね…。

 さてしかし正しいことや真理を知ったことと、正しいことや真理を実行できることは違うんですよね…。例えば、大切な人が病気で死んでしまいそうな時に、死とは現界から霊界への単なる移動です…なんて言ったら気違いですよね。人間は感情の動物ですし、人間の本質は『感性』なのですから、病気で苦しんでいる人がいたのなら、その苦しんでいる人の何倍も自分も苦しまないと申し訳ありません。そうやって本人の痛みや苦しみを自分の痛みや苦しみとして感じられることが、人として生きる正しいことであり真理だと私は思います。

 16歳から66歳の50年間の人生で私が学んだことはこれくらいでしょうか…。しかし今、私は苦しみの中に居て出口がありません。今の私にとって大切な人の『死とは何か…』それは私の人生を懸けて苦しむこと。これ以外ありませんね。『死とは何か…』それは辛くて苦しくて耐え難いものだということを、今つくづく思い知らされています。