ゴールドケア事例
Cases
目次
脳梗塞後の急激な変化
E.N様が当館に入居されたのは、2022年12月のことでした。89歳のE.N様は、シルバーカーを使いながらご自身の力で歩くことができ、日常生活の多くの場面で自立されていました。当時のバーセルインデックス(※)は40点です。長女様ご夫婦がほぼ毎日面会に来られ、温かい関係性の中で穏やかに過ごされていました。
※食事、着替え、移動などの「日常生活動作(ADL)」の自立度を評価する指標
しかし2023年7月6日、状況は一変します。E.N様は脳梗塞を発症し、左半身不全麻痺となってしまいました。感覚障害や筋力低下によってそれまで当たり前にできていた動作が困難になり、車椅子での生活が必須となりました。
車椅子生活が始まると、新たな課題が日常的に起こるようになりました。麻痺のある左足がフットレストからずり落ちやすく、その都度私たちスタッフが姿勢を整え、足を乗せ直す対応を繰り返していました。
良かれと思った対策が招いた予期せぬ事態
足のずり落ちを防ぐため、ご家族様のご意向で福祉用具「フットガード」を手配しました。足を固定することで問題が解決すると考えたのです。
しかし、装着から約2週間程が経過した頃から、E.N様は左大腿部や左膝に激痛を訴えるようになりました。診察の結果は「麻痺側の固定による大腿部や膝関節の腱・靭帯の損傷」。鎮痛剤使用により経過を見ることとなりました。
この損傷により、それまでわずかに左足を踏ん張ることで軽介助で可能だった立ち上がりや移乗動作が、一切できなくなってしまいました。状態は全介助を要するレベルにまで悪化し、バーセルインデックスも入居時の40点から28点へと低下しました。
段ボールから生まれた「特製フットレスト1号」
状態が悪化したことにより、E.N様は膝を屈曲させることができなくなりました。標準的な車椅子のフットレストに足を乗せること自体が不可能になりました。車椅子移動時も不安定になり打撲する危険性も増しました。福祉用具業者と連携し、適合する特殊な車椅子を探しましたが、E.N様に合ったフットレストを備えた車椅子を見つけることはできませんでした。
そこで私たちは、「段ボールを使って、フットレストを前方に延長してはどうか」とアイデアを出しました。膝を伸ばしたまま足を置けるスペースを簡易的に作るという発想です。
早速、段ボールで試作品を作成し装着しました。するとE.N様がそれを見て、「ロボットみたい」と仰ったのです。その一言から、この特製フットレストは「1号」と名付けられました。
膝を伸ばした状態でも安定した座位を保つことが可能となり、身体が傾くことによる打撲のリスクも軽減されました。
この物理的な対策と並行して、機能回復を目指した包括的なケアを毎日実施しました。
大腿部と膝関節にホットパックを当てる温罨法で、痛みを緩和し、硬くなった筋肉を和らげます。その後、大腿部の挙上や膝の屈伸運動を毎日少しずつ介助しながら行いました。
こうした取り組みを続けること約1ヶ月後、E.N様を苦しめていた痛みはなくなり、不可能となっていた立ち上がりや移乗動作が、再び軽介助でできるレベルにまで回復するという目覚ましい成果が得られたのです。
「特製フットレスト」の進化とご家族様との協働
E.N様の身体状態の変化に合わせ、特製フットレストも進化を遂げていきました。
最初の「1号」は段ボール製で、耐久性に乏しく1週間で破損してしまいました。
「2号」は木箱を再利用して木製で頑丈に作成し、強度を確保しました。
その後膝の状態が改善し、屈曲角度が大きくなったため「2号」は卒業し、ステップ板の延長部分を半分のサイズに小型化した「3号」へ移行しました。
木製の3号は重量があり、車椅子フットレストへの負担が懸念されていたため、「4号」を制作しました。「4号」の制作時は軽量化が課題となる中、長女様から「ぜひ自分たちで作成したい」との申し出があり、薄い板と段ボールを組み合わせた最新モデルは、ご家族様の手によって誕生しました。
取り戻された笑顔が教えてくれたこと
全介助となった当初、深く落ち込んでいらしたE.N様の表情は硬く、悲観的な言葉を口にされることが増えました。また、長女様は、ご自身が手配したフットガードが状態悪化の原因となったことに深く自分を責めていらっしゃいました。
E.N様は、一連の取り組みを通じて徐々に笑顔を取り戻され、「私の足、本当に治ったよ!嬉しい!みなさんのおかげです!」と、感謝と喜びを何度も言葉にしてくださいました。
ご自身を深く責めていた長女様も、E.N様の回復に心から安堵され、私たちの取り組みに感謝の言葉を述べられました。
スタッフの取り組みがご家族様への精神的援助になり、感謝の言葉や評価もいただけた一方で、日常的に足がずり落ちるという問題に誰もが気付いていたにもかかわらず、対策が遅れて深刻な事態を招いてしまいました。もっと早く介入ができていれば、E.N様がこれほど辛い思いをせずに済んだのではないかという反省もありました。
この反省は、日々の観察やケアの大切さや、私たちにできることを毎日の介護の中で考えようというスタッフの意識に繋がっています。
ご入居者さまの諦めない気持ち・諦めない介護が引き出すもの
もし私たちが、「脳梗塞後遺症だから」「麻痺があるから」といった理由で状態の悪化を仕方がないことだと諦めていたら、E.N様の笑顔が戻ることはなかったでしょう。
私たち介護者が「今、必要とされていること」を諦めずに追求し、それをケアの中で取り組んでいくこと、チームで実践していく姿勢こそが大切です。それらがご入居者さまご自身の「諦めない気持ち」を引き出す原動力になると信じ、これからも寄り添っていきたいと思います。