ゴールドケア事例
Cases
「誤嚥性肺炎」という言葉を、耳にされたことはあるでしょうか。
2011年以降、日本の死因第3位に肺炎が浮上しました。その多くを占めるのが、食べ物や唾液が誤って気管に入ることで引き起こされる誤嚥性肺炎です。高齢化が進む現代の日本は、いわば「嚥下障害大国」とも呼ばれる状況にあります。
加齢に伴う喉の筋力低下、脳血管障害などの疾患、姿勢の崩れ、認知機能の変化、これらが複雑に絡み合い、嚥下障害は発症します。
今回ご紹介するのは、長年「早食い」の習慣があった利用者様が、深刻な誤嚥・窒息リスクを抱えることになり、職員一丸となって、「安全な食事」を守るために取り組んだ日々を、お伝えしたいと思います。
「早食い」が習慣のA様
A様は86歳の女性で、要介護4の認定を受けておられます。
ご夫婦で20年間、食堂を経営されていたという経歴をお持ちで、かつては老人ホームでボランティアをされていたこともあるそうです。
デイサービスには週6回、午前中のみ通われています。以前は音楽療法、詩吟、カラオケ、グランドゴルフと、さまざまな活動に積極的に参加されていました。しかし最近では、日中の傾眠傾向が強まり、自発的に動かれることが少なくなってきていました。
A様の性格は、一言で表すなら「せっかち」。食事の際には全てのおかずをご飯の上に乗せてどんぶりを完成させた後、豪快にどんぶりをかき込んでいきます。このような状態がどうにも止まらず、職員が声かけをするものの、そのスピードに変化はありませんでした。
目標と対策
まず、目標を明確にしました。
短期目標:安全に食事がとれること
長期目標:食事を楽しみながら、安全に食事がとれること
次に、職種を問わず全スタッフから対策案を募ったところ、さまざまなアイデアが挙がり、その中から、実現可能性と効果を考えて、次の対策を組み合わせることにしました。
- 副菜を1cm角の刻み食に変更(咀嚼しやすく、飲み込む負担を軽減)
- 小さなフォークに変更(一度に口に運ぶ量を減らし、かき込みを物理的に困難に)
- 席を職員の目が届きやすい位置へ
- 汁物とお茶は後出しに(流し込み食べの防止)
- 食前の口腔体操に、首と肩の体操を追加(嚥下に関わる筋肉の緊張を和らげる)
- 音楽療法に参加しやすい環境づくり(傾眠傾向の改善、日中の覚醒を促す)
そして、A様の不安を解決するために、私たちにできることを一つひとつ形にしていきました。
その後の様子
介入を始めてすぐの5月。むせ込みや胸のつかえ感への対応が2日間ありましたが、吸引が必要になることはゼロ。まずは一安心です。
ただ、食事のペースをコントロールするための声かけは、依然として頻繁に必要でした。
6月から7月にかけて、誤嚥による対応も吸引もゼロの日が続きました。安全面では、はっきりとした改善が見られました。
しかし声かけの回数は、なかなか減りません。A様はストレスを感じておられる様子はありませんでしたが、声をかけなければ、すぐに元のペースに戻ってしまわれます。
認知機能の検査結果が示すように、新しい行動パターンを記憶し、定着させることは難しい状態です。それでも私たちは、根気強く声をかけ続けました。
「休みながら食べましょうね」
「ゆっくり、よく噛んでくださいね」
そんな日々の中で、小さな変化が現れました。
徐々にA様が食事中にフォークを置かれるようになったのです!食事のペースを、ご自身で調整しようとされる様子が見られるようになりました。
館を超えた連携
その後、A様はサービス付き高齢者向け住宅から有料老人ホームへ転居されていきました。
デイサービスだけでなく、生活の場でも同じケアを継続していただくことが大切です。私たちは、A様がお住まいのホームと連携することにしました。
食事における注意点と、効果があった対策を表形式でわかりやすくまとめた書面を作成し、ホームの管理者に直接お渡し、口頭でも説明しました。
すると、有料老人ホームの館長からも新たな提案をいただき、館を超えて継続した改善を行うことができました。
一人ひとりに寄り添うケア
認知機能が低下した方の食事支援に、決まった答えはありません。状態は日々変化します。目標も、柔軟に見直していく必要があります。
大切なのは、その方の歩んでこられた道を尊重しながら、親身になって不安を解決し、一緒に歩んでいくこと。そして、粘り強く支援を続けることです。
A様の「どうにも止まらない」早食いは、食堂を営んでおられた頃からの、長い長い習慣でした。その習慣そのものを否定するのではなく、安全に続けていただくための方法を、私たちは考え続けています。