ゴールドケア事例
Cases
この記事では、かつて市民マラソンを完走するほど活動的だった一人のご利用者様(K様)が、全介助の状態から再び「自分らしい生活」を取り戻すまでの、私たちチーム全員での取り組みをご紹介します。
目次
K様について
K様は小柄な女性です。アルツハイマー型認知症があり、デイサービスを週6回、訪問介護を週3回利用されていました。
このように書くと想像できないかもしれませんが、K様はもともと、とてもパワフルな方でした。
ホームに入居された当初は、強い帰宅願望から他のご利用者様と一緒に「脱走」を試みられたこともあります。また、愛知県のホームからご自身の故郷である岐阜県まで移動されたこともありました。
特に走ることが大好きで、当時の当社執行役員と一緒に5kmの市民マラソンに参加し、完走されるほどです。
相次ぐ病気と機能低下
しかし、軽度の脳梗塞の疑いと診断されて以降、歩くことが難しくなりました。その後、新型コロナウイルスに感染し、座位を保つことさえ困難に。数ヶ月後、再びコロナに感染したK様は、経口での食事も難しくなり、全介助の状態となってしまいました。
車椅子生活が中心となり、日中は寝ていることが多く、表情や反応も乏しく、発語もほとんどありませんでした。行事やレクリエーションへの参加も減り、意欲が低下している様子が見受けられました。
転機 〜テレビに映ったマラソン中継〜
ある日、転機が訪れました。
いつものようにK様が車椅子に座られていたとき、スタッフがある変化に気づきました。テレビで放映されていたマラソン中継を、K様がじっと見つめていたのです。
普段は反応が乏しいK様が、画面に釘付けになっている。
「もしかして、また走りたいと思っているんじゃないだろうか」
この想いを何とか実現できないか、と館長やリハビリのメンバーと相談しました。
「走ることは難しくても、前みたいに車椅子で動けるようにならないか」とみんなで話し合い、車椅子でも自分らしく動けるようになることを目標に、チームで支援を始めることを決意しました。
支援のスタート 〜まずは環境を整える〜
まずは現在のK様の状態を詳しく確認し、課題を明確にしました。
- 活動量が減少し、ADL(日常生活動作)が低下していること。
- 交流や活動機会が少なく、刺激不足で認知機能が低下していること。
- 行事などの参加が減り、意欲が低下していること。
- 車椅子と体が合わず、姿勢不良により自走が困難であること。
特に重大な課題だったのが、車椅子です。
当時の車椅子は、K様の体に合っていませんでした。足が床につかず踏ん張ることができない、ハンドルに手が届きにくい、シートサイズが合わないために座位が不安定になるなど、自走や安定した座位保持の大きな妨げになっていました。
私たちは、福祉用具の方に依頼して車椅子の再評価を行い、K様の身体に合ったものに変更しました。その結果、足底が床に接地して下肢の支持性が向上し、ハンドル操作が可能となり、座位が安定したことで、長く快適に座れるようになりました。
チームで継続したリハビリと生活支援
環境が整ったところで、本格的なリハビリ計画をスタート。
理学療法士による個別訓練では、関節可動域訓練や筋力訓練に加え、車椅子自走の反復練習や、座位での体幹トレーニング、手指を使ったものの操作に取り組みました。
ただ体を動かすだけではありません。認知機能を活性化させるため、以下の5つのポイントを意識しました。
- 動作に目的を持たせる ― 「物を掴んで運ぶ」といった具体的な目標を設定
- 段階的に練習する ― 「手を置く→押す→方向転換」と動作を分解
- 視覚情報を活用する ― 目印で進行方向や目標地点を示す
- 自ら判断する機会をつくる ― 声かけで反応を引き出す
- 成功体験を積み重ねる ― できたことを具体的に褒める
さらに大切にしたのが、理学療法士だけでなく、介護士や看護師も含めたチーム全体での関わりです。掃除やタオルたたみといった日常動作も訓練の一環として位置づけ、K様ができることはご自身で行っていただく。24時間体制で、生活そのものをリハビリの場にしました。
K様の変化
支援開始から約3ヶ月後、K様には明らかな変化が現れていました。
リハビリ当初はわずか3m程度しか自走できませんでしたが、3ヶ月運動を続けたことで、なんと食堂からご自身の居室まで自走ができるようになりました。環境調整と訓練の積み重ねにより、自走は「困難」だった状態から、「見守り」で可能となるレベルにまで改善しています。
活動面でも大きな変化がありました。当初はほとんどなかった行事や掃除への参加も、今では積極的な参加が見られています。自ら動く姿が増え、人との交流も増加しました。
そして何より、以前はほとんど言葉を発しなかったK様が、私たちの日々のリハビリと声かけの積み重ねによって、再び声を聞かせてくれるようになり、笑顔が戻ってきたのです。
再び”走った”日
リハビリの成果として下肢筋力も向上し、立位も可能になってきたK様。次の目標として歩行訓練も始まっていました。
そんなある日、以前一緒にマラソンに参加した執行役員にご協力いただき、車椅子ではありますが、K様と一緒に走る機会を設けました。職員や他のご利用者様も一緒になって応援し、K様はまた一歩、自分らしく前に進むことができたのです。
ご家族様からは、心からの感謝の言葉をいただきました。そして何より、K様ご自身が言葉にしてくださいました。
「いくつになっても、自分なりに人生をもっと楽しみたい」
これからも、一緒に
今回の取り組みを振り返ると、2つの大切なことが見えてきました。
- 環境を整えることの重要性
- 介護士・看護師といった他職種の方との連携
機能回復だけを目指すのではなく、K様が大切にしてきたことを尊重し、そこに寄り添った結果、自分らしさを取り戻し、QOLを向上させることができたのだと感じています。
これからもスタッフ一同、K様をはじめ、全てのご利用者様一人ひとりの「その人らしい生活」を大切にし、笑顔いっぱいのゴールドエイジを支えてまいります。